三年後、まことに奇怪なことが起こったからである。形成外科が標榜科となった後も、依然として美容外科医は医師にあらずという無言の圧力は続いていた。その一方では、形成外科学会に属さぬ開業医の先生方が、なんの規制も受けずに美容整形に精を出していたのである。ところが一九七八年の正月、厚生省を訪ねた僕は、大臣官房の友人から意外なことを聞かされる。武見会長の意向で美容整形を標榜科にすることになり、四月の国会に提出するというのだ。医務局長は大反対だが、武見会長に押しきられたという。その時は、もちろん美容整形は医学会の分科会でさえなかった。いま思えば、形成外科学会に属さぬ美容整形の開業医グループとの強いつながりのあった武見会長の、当初からのもくろみだったに違いない。これを聞いて収まらないのは形成外科学会所属の開業医の先生方である。
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