アーカイブ

借着が流行るようになったのは戦後

借着が流行るようになったのは戦後のことだ。戦前は、ほとんど島田は自分の毛で結ったし、衣裳も自分の家のものであった。毎年虫干しに、その振袖を風通しする。子どもに「これを着てお母さんは結婚式を挙げたのよ」と話すことができるが、立派な結婚衣装をつけた当日の写真を見て子どもが「このきれいな着物はどこにあるの」と言ったとき、「貸衣裳屋から借りたから、どこへ行ったかわからない」。すると無邪気な子どもは「じゃあ、お母さんと同じ物を着た花嫁がいっぱいいるのね」「本当にそうねえ」などという会話になるのだから、わびしい。私がびっくりしたのは東京のあるホテルでの結婚式の中に、十二単衣もあった。それは美智子妃殿下が結婚なさった前後のこと、地方でも何人かそういう人がいたという。皇太子妃がつけたからといって、すぐ真似をしてみるという、その軽薄さがやりきれない。新郎がもし事前にそれを聞いたら、そういう仰々しいことはやめた方がいいと言ってもらいたかったし、新婦が親に言われても、私は自分の成人式の振袖でよいというぐらいの勇気がほしい。こんなに沢山の衣装を取り替えるのは、世界中で日本だけではないだろうか。しかも借着。花嫁のお母さんが自分で花嫁のウエディングドレスをつくったという例を知っている。会場でその日そのように発表されると大きな拍手が起こった。母親が着た振袖、帯をそのままつけた花嫁にも会った。困ったことにホテルや結婚式専門のホールなどは、借着をしないと持ち込み料というのを取られると聞いた。お土産の引き出物もそこのものを使わないと全て持ち込み料・あえてそれを払ってもよいから、衣裳の自前、引き出物は自分たちなりの工夫がのぞましい。賢明だと思った引き出物がある。券が配られてきた。そこには自分の欲しい品物をどれかをマークしてくれればこちらから送る、とある。毛布であったり、コーヒーセットであったり、五種類くらいの品が書いてある。それを持って帰る必要がなくて助かった。地方へ行くほど、大きい物を持たせるのが盛大だと心得ているようでみんな嵩の張る、大きな箱の物をあげるが、私の周りでは、女だったらハンドバッグの中、男だったらポケットの中に入れることができるということが、気が利いた品ということになっている。銀の匙二本でもいいし、チョコレートの一箱でもいい。